2011年5月24日火曜日

いわきに花を届けました。2

先月に引き続き、いわきに花を届けに行ってきました。


今回、以前オランダ屋に取材に来たグリーン情報の山川社長に

被災地へ花を配っていると話したところ、是非同行したいと言っていただき

紙面の取材も兼ね一緒に花をお届けしました。

前回は被災地の画像、地元の方の表情などとても撮れませんでしたが、

今回山川氏提供の画像を紹介させていただきます。

皆さんすごく元気で、前向きでした。

花を配っているこちら側が皆さんの元気をもらってきた感じです。






今回一番喜んでいただいた、床屋さんの奥様。






「花をもらうなんて初めてだよ、ありがとな」

と漁港で会った(おそらく漁師)おとうさん。

男性の方はあまり反応が良くない中、この方はとても喜んでいただきました。



墓石や灯篭がことごとく倒壊したお寺へ。

復旧の目処は全く立っていない様子だった。

花をさし上げると、

びっくり、そして感謝の気持ちとともに、

「お墓参りにこられないお宅に代わって、お供えします」

と言っていただいた。






↓今回一番元気をもらったすごいセブンイレブンです。

ここはいわきでも一番被害の大きかった地域。

周辺は8割以上の家が津波に流され、80人が亡くなったそうです。

このコンビニもお店は津波に流され、骨組みだけになってしまっているのに、

駐車場で営業を再開していました。

そして、花をさし上げると、真っ先に、、、



「津波後に公衆電話の中に鳥が巣を作って卵を産んだよ!

その卵がヒナになったんですよ!!すごいでしょ~

鳥だってこの津波に負けてない、私たちだって負けてられませんよ!

店が流されたって、僕は負けませんから!!」


その話を聞いて、声が詰まってなにも言えなくなりました。



そんな僕を横目に、来店したお客さんに今度は僕の紹介を始めました。


「この人、オランダ屋さんって言って、東京からわざわざ花持ってきて

くれたんだよ、東京行ったらオランダ屋で花買ってね~」

来る人来る人にオランダ屋の宣伝してくれました。




↑ちょっと見えづらいですが、受話器の奥に巣があるのです。

この小鳥とご主人にどれだけの人が勇気をもらったか。

もちろん僕もその一人です。



このセブンイレブンのご主人のパワーは一生忘れられません。

また必ず行きます!

伺ったとき地元TV局が取材に来ていました。ラジオなどでも

取り上げられているそうです。



このセブンイレブン復活までの様子を書いたブログを発見しました。
周辺の被害の状況が詳しくアップされています。







↓原発から約35キロ付近にある保育園

私も子どもが保育園に通っているので、気になって立ち寄ってみました。

天気の良かったこんな日も園児たちは園庭に出ていません。

放射線の影響だろうか?

園長先生から話を伺った。




花を渡すと本当に喜んでいただき、現状をお話いただいた。

この園では放射線計で毎朝放射線量を測定しているそうです。

子供たちはしばらく外では遊ばせられていないとのこと。。。




「花で子供たちとストレス発散出来ます」

と言っていただきました。






花を受け取っていただく瞬間の笑顔は

皆さん本当にカワイイ、素敵な笑顔です。

花のチカラ、今回も感じました。







茅葺屋根の民家が地震に耐えていた!




「お礼にこれ持って行って」

と野菜ジュースと栄養ドリンクを頂きました。

恐縮です。






前回瓦礫の片付け中にお花を渡したOさん。↓

お礼状を頂いた方です。

ご自宅は無事でしたが、ご実家、ご主人のご実家共に

全て津波で流されたとのことでした。。


玄関に飾ってあるのは震災後一ヶ月以上経ってやっと行われた

お知り合いの葬儀で使われた花だそうです。

今回もすごく喜んでいただき、何度も「お茶を飲んでいって」

とお誘いいただきました。

(ごめんなさい、いつかゆっくりご馳走になります)






消防署へもお届けししました。

日々ご苦労様です、の気持ちを込めて。




いわきから北上しいていると

いつの間にか、原発30キロ圏内に入っていた。

町にまったく人がいなくなったので、駐在所へ。

駐在員も避難していて、居たのは広島からの応援警察官でした。

その方たちももうすぐ立ち去るとのことで、今回唯一お花が

役に立たない瞬間でした。






こちらは広野町の火力発電所。

原発からちょうど20キロ、ここから先は立入禁止地域です。

ここまで来るとほとんど人がいません。




建物があるのに人がいない街がある。

東京から3時間のところでこんなことになっている、

という事実がここにあります。

一日も早い原発事故の収束を願うことしかできません。

あとは花を配ることだけです。



私は津波に遭った建物などにカメラを向ける勇気はありませんでしたが

山川氏に頂いた画像で現地の状況をお知らせします。


未だに全く手がつけられていないホームセンター。








瓦礫に書かれたメッセージ。




ここは原発から20キロちょっとの町。

津波被害はなくキレイな新しい家が並びますが、雨戸が締まり、

車もなく、ほとんどの住民が避難しています。







そんな避難地域にあるガソリンスタンド。

なんと、営業していました。

花飾りませんか?とすすめると

「有難いけど、水が出ないから」




この先、立ち入り禁止区域までの間、また立ち入り禁止ギリギリ

の所では数件の飲食店が営業しており、車の通行も結構ありました。

そのほとんどが作業服を着たおそらく原発で作業している

方々と、その方向けに営業しているお店なのだと思います。

皆さん、福島のため、日本のために頑張っていただいていると思うと

車ですれ違うたびつい、頭が下がっていました。


 
今回お届けした花
オリエンタルリリー300本
カーネーション500本

2011年5月11日水曜日

お礼状頂きました

先月訪れたいわき市小名浜の方からお手紙を頂きました。


手紙の中に、法事の日に花がなくて困ったという内容があり、

花は「無くてもいいもの」ではなく、

無くてはならないものと改めて確認できました。


どんなときも必要とされる。

これは花の仕事をしていて一番やり甲斐につながることです。

これからも日本を元気にするために、

花屋を自信を持って続けたいと思いました。

小名浜のおばあちゃん、ありがとう!




2011年4月16日土曜日

いわきに花を届けました。


4/15 福島県いわき市の被災された
方々に花を届けてきました。

 花屋が今するべきことは、
いつものように、今まで通り
商売をすることが一番。

そしてもし出来るのなら、
被災地に花を持って行きたい。

震災後ずっとモヤモヤしていた
気持ちを実現した。




知人に話したら「ボランティアでいくの?」と聞かれました。 それはちょっと違います。

東北の人たちに花を渡して笑顔になってもらいたい。

また、花のチカラと存在価値を確かめに行くというのが 目的です。



行く前は、迷惑ではないか?花なんて喜ばれるのか?

まだ時期尚早ではないか?

とても心配でした。


この話を聞きつけ、オランダ屋店長の一人が

「一緒に連れて行って欲しい」と名乗りでてくれた。

阿佐ヶ谷ピーコック店、店長の刈谷君(通称カーリー)、ありがとう

こんなに心強いことはなかったよ!







途中の常磐道ではいたるところで道が陥没したり、

波打っていたり、土砂崩れがあったり、地震の爪痕がはっきりと分かります。






いわき中央インターを降りると、意外にも普通な風景。

人も車もたくさんいます。かなり普段の生活が戻っているようでした。

コンビニやスーパーも営業中。ガソリンスタンドも並んでいませんでした。

やっと供給が追いついたようです。






そして、津波が襲った小名浜港へ。

市街地とは状況が全く違い、

ニュース映像で繰り返し見ていた「あの光景」が広がります。



流された家、転覆した大型船、電車の線路上に横たわるダンプカー、

津波に流され放置された自動車



そして、、、ものすごい量の瓦礫の山。




覚悟はしていましたが、

一緒に行ったカーリー共々、

この衝撃的な現実に言葉を失いました。



本当に来てよかったのだろうか?

「花で元気になってもらおう」

なんて、思い上がりだったかも知れない。

本当に行っていいのだろうか?
そんな不安がよぎりました。








ところが、、、

最初にお花をもらってくれた女性が、

そんな心配を吹き飛ばしてくれました。



その方はご自宅は無事、

しかし目の前まで津波が来たらしく、

もう少しのところで被害に合う「境界線」ギリギリの家でした。


避難所へ行くのに迷っていた僕達に

丁寧に道を案内してくれたので、

お礼にお花を渡しました。



「お花、飾りませんか?」



「えっ、、、」

と驚いた表情。




庭の瓦礫の片付けに疲れていた表情が

一気に満面の笑顔!!




そして、、、、次の瞬間、目に涙が溢れていた。



「ありがとう、ありがとう、ありがとう」と何度も何度も言ってくれました。



花のチカラすごい!

来てよかった。。。



もう迷いは無くなった。どんどん花を渡そう!


畑の土砂を片付けている高齢の方達にも声をかけてみると、

最初は怪訝な表情だったのが、

花を配っていることを伝えると、


「花、くれるの?ほんとに?嬉しいな~癒されるね~」


みんなすごい笑顔に!近所の人達もどんどん集まってきて、

カーリーもびっくりしながらも積んできた花を急いで降ろした。



「どっから来たの?名刺ちょうだい。手紙書くよ」

「東京から?!ありがとうな~」




そして、、、

只々、じっと花を見つめて涙ぐむ人も。


「頑張って」とはとても言えなかった。


本当に疲れ、苦しみ、頑張り続けてきた人たちに、

大した不自由なく生活している私達が

そんな軽い言葉はかけられなかった。





「東京から応援してます」



これが精一杯。



でも言葉は要らない。


私たちは花を届けに来たのです。




そして避難所へ

江名中学校
小名浜高校
小名浜公民館
江名小学校
中央台南小学校
中央台東小学校
と回らせていただき、


もちろん、様々な沢山の笑顔、笑い、微笑み

そして元気!




たくさん頂きました!!










次回は現地での入れ物を

ちゃんと持っていくべし。。









ほとんど手渡しで渡したましたが、

避難所にある給水所にも、

誰でも持って行っていただけるように、

こんなふうに置いてみました。
















どこの避難所も震災から一ヶ月が経ち、

役所の方々はまだ忙しそうですが、

避難した方々は概ね落ち着いた様子でした。



生きることに少しだけ不安が解消された時期、

おそらく、これから将来的な不安を感じることがあるかと思います。



これから花の効果、花のチカラを発揮する時です。

花業界が今こそ、頑張らねば!!



花は間違いなく、人を元気にするチカラがあるのです!

それを今回証明出来ました。




被災者の方々に何かできないか?

その気持があるのなら、その表現方法は人それぞれです。



募金をする、ボランティアに行くなどありますが、

まずはそれを行動に移す事だと思います。



私は花屋です。

花屋にできるコトは花を届ける事だと思い、

生きたナマの切り花を届けました。



今回沢山の人に喜んでいただきましたが、

まだ不自由を強いられている方の人数を考えると

これ一回では単なる自己満足です。


花屋でいる限り、

避難している人がいなくなるまで

この活動を続けたいと考えています。



なお、この活動の経費(ガソリン代、花の仕入れ代金)は

オランダ屋の売上金の一部を使わせていただいております。

今回お届けした花
オリエンタルリリー 300本
ガーベラ1000本



2011年4月13日水曜日

双葉町



福島県双葉町といえばこちらもガーベラの産地です。
原発事故以来町ごと避難というニュースを見て、驚きました。

そして3月末に埼玉県加須市に来ることに。
それならば東京からも近いので、花をお届けしよう!

加須市に引っ越して10日経った4/9に、
迷惑にならないような花、鉢植えで手間がかからない、明るく元気な花
サイネリアを50鉢ほど届けました。

役所の方たちはまだまだ忙しそうにしていましたが、町民の皆さんは
花を見て喜んでいただけました。その笑顔にほっとしました。

石巻桃生町応援ガーベラフェア

3/18~3/31まで、震災に遭われた石巻の生産者を
応援する、ガーベラフェアーを行いました。

ガーベラ10本¥500 そのうち¥100を石巻のガーベラ生産者に
お届けするというお知らせをしたところ、お客様からは大変な反響があり、
約2週間で1265束販売できました。皆さまご協力ありがとうございました。

4/1に126,500円を(株)大田花き様にお渡しし、
石巻桃生町に直接届けていただきました。

お見舞い申し上げます

この度の一連の震災で被害に合われた皆さまには謹んでお見舞い申し上げます。

震災以降、花屋として生きて行くことの意義を日々考えています。

「花屋が被災地の方に何かできないか?」

「花で日本を明るく元気にするお手伝いができないのか?」

3/11以後弊社オランダ屋、ブルーミストの各店頭では被災地の方たちに向け、
「花屋にできるコト」を少しずつ行っています。ご協力いただいたお客様へのご報告も兼ね、
ここにその活動を紹介させていただきます。